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Interview
治田七海が語る全米デビュー作と中村海斗・高橋陸・永武幹子との絆
トロンボーン 治田七海、ドラム 中村海斗、ベース 高橋陸、ピアノ 永武幹子
- 2025/06/06
- 2025/06/09
Profile
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治田七海
治田七海
2001年札幌市生まれ。5歳でピアノ、8歳でトロンボーンを始め、13歳からライブ活動を開始。Seiko Summer Jazz Camp 2019で最優秀賞を受賞し、副賞である米国短期留学を経て2020年に上京。2022年11月にデビュー作『II』をリリース。2023年よりミシガン州立大学に留学し、2025年『The Vibe』で全米デビュー。
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中村海斗
中村海斗
2001年ニューヨーク生まれ、栃木・群馬育ち。6歳でドラムを始め、小学生でライブ活動を開始。中学で石若駿に影響を受けプロを志す。Seiko Summer Jazz Camp 2018で特別賞(Special Recognition Award)、尚美コンテストで優秀賞を受賞。2020年にバークリー音大へ進学。2022年12月に『BLAQUE DAWN』、2025年3月に『Invisible Diary』をリリース。
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高橋陸
高橋陸
1996年千葉県東金市生まれ。12歳でコントラバスを始め、吹奏楽で数々の賞を受賞。14歳で井上陽介氏の演奏に衝撃を受けジャズを志し、15歳から師事。2013年にU-18Jazz Player Meetingでソリスト優秀賞、2014年にバークリー音楽院 北海道グルーブキャンプでバークリーアワードを受賞。現在は都内を拠点に活動中。2016年のSeiko Summer Jazz Camp 第1期生。
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永武幹子
永武幹子
千葉県船橋市出身。5歳でクラシックピアノを始め、ヤマハ音楽教室で即興や作曲も学ぶ。清水くるみに師事し、大学卒業後プロに転向。現在は、増尾好秋(guitar)YOSHIAKI MASUO GROUP、酒井俊(vocal)グループ、峰厚介(t.sax) M's Threeなどに参加する他、自身のピアノトリオ”永武幹子Trio”, ”J.J.Soul”や加納奈実(a.sax&s.sax)とのDuoユニット”Jabuticaba”をメインに、都内で幅広く活動中。
Seiko Summer Jazz Camp 2019で最優秀賞を受賞。その時の講師を務めた世界的トロンボニスト、マイケル・ディーズの演奏と指導に感銘を受け、ディーズが教鞭を執るミシガン州立大学に留学した治田七海さん。2025年2月に全米デビューとなるアルバム『The Vibe』を発表した彼女が、同作を携えて5月にツアーを開催。5月10日に新宿ピットインで、同じくSeiko Summer Jazz Camp(以下:SeikoSJC)卒業生である高橋陸(B)さんと中村海斗(Dr)さん、さらに気鋭のピアニスト永武幹子さんを迎えた治田七海カルテットによる“New CD発売記念ライブ”を行いました。終演後、新作『The Vibe』に込められた想いを伺うとともに、治田さんを含めたメンバーの皆さんに当日のライブの感想や、Seiko SJCでの思い出、今後の展望などを語ってもらいました。
取材・文:早田和音
撮影:樋口勇一郎
取材日:2025年5月10日
マイケル・ディーズとの出会いによって生まれた全米デビュー・アルバム『The Vibe』
治田七海(Tb):今回のアルバム『The Vibe』を発表できたのはマイケル・ディーズのおかげです。私はSeikoSJC 2019で知り合った彼の指導を受けるためにミシガン州立大学(MSU)に留学したんですけど、そのディーズから、「七海のアルバムを作ってみないか?」と言っていただけたのが制作のきっかけです。すぐにふたりで話し合って、ディーズと同じくMSUで教鞭を執られているグレッグ・ヒル(Comp)のプロデュースのもと、ディーズ、ザヴィア・デイヴィス(P)、ロドニー・ウィテカー(B)、ユリシス・オーウェンズ・ジュニア(Dr)とのクインテットを中心にレコーディングしました。今回のアルバムで表現しようと思ったことはいくつかあるのですが、そのひとつが自分のオリジナル曲を皆さんに聴いてもらうということ。前作『Ⅱ』では自分のオリジナルは1曲だけでしたが、今回は、「TOSHI」、「ウッドペッカー」、「ハートストリングス」という3曲を収録。作曲を含めた私の音楽をお伝えしようと思いました。
それともうひとつ考えたのが、過去の名曲を後世に伝えるということ。これはアメリカに来てから、より強く思うようになったことのひとつです。今お話ししたように、自分のオリジナル曲を作るのももちろん大切なことですが、ジャズの歴史の中には素晴らしい曲がたくさんあります。でも放っておくとそうした曲も埋もれたままになってしまうかもしれません。今回、私が選んだリニー・ロスネス(P)の「ガーリーズ・ワールド」やクリスチャン・マクブライド(B)の「シスター・ローザ」という曲はとても素敵な曲なのですが、作曲者自身が演奏したアルバムしか存在していなくて。そうした楽曲を継承していきたいという思いもあっての選曲でした。そういうことを含めたうえで、現在の自分の姿が伝えられる、“Introducing Nanami Haruta”のようなアルバムを作ろうというのが『The Vibe』のコンセプトでした。

2020年に生まれた治田七海カルテット
治田:今回のピットインでのライブに出演した、永武幹子さん、高橋陸くん、中村海斗くんとのバンドを結成したのは2020年頃だったと思います。最初に出会ったのは(永武)幹子さん。私が2019年に上京して間もない頃に参加したバンドで一緒になったのがきっかけです。その後、SeikoSJC卒業生でもある(高橋)陸くん、(中村)海斗くんとも<Café Cotton Club>や<Jazz Spot Intro>などのお店でよく一緒になるようになって。他にもいろいろなお店で大勢のミュージシャンと知り合えたのですが、幹子さん、陸くん、海斗くんの3人は音楽に対する熱量が膨大で、私と同じような音楽を目指しているように思えたんです。「この人たちとならきっといい音楽ができる!」と思ってバンドを組みました。以来、東京からミシガンに移るまでの数年間、定期的にライブを重ねていった、当時の私にとって一番のレギュラーバンド。今回2年ぶりに東京でライブができることになったので、是非このバンドでやりたいと思ってお願いしました。

ピアノの幹子さんの素晴らしい点はたくさんあるのですが、最大の魅力は演奏をカッコよく前進させてくれる点。音作りや演奏の方向性など、彼女に任せておけば、どんどん音楽が発展していく感じがします。
ベースの陸くんを初めて聴いたのは、私が当時住んでいた札幌でのライブ演奏。その時に、「なんて縦横無尽なプレイをするベーシストだろう!」と驚いたことを今でも覚えています。ベースラインがカッコよく、ベースらしいどっしりとした音色を出すのはもちろんなんですけど、ベースという楽器にとらわれないアプローチやサウンドも飛び出してきて。自由という言葉が最も似合うミュージシャンだと思います。
ドラムの海斗くんは2019年に初めて会った当時から、ものすごいドラマーという印象でした。ビートもグルーブ感もすごいし、音も綺麗。私にとって最高のドラマーです。嬉しいのは、同じ2001年生まれという親しみやすさもあって、気軽にコミュニケーションが取れるということ。それは普段のお喋りもそうですけど、演奏中のインタープレイなどを通じて、とても自由に音楽的会話を交わすことができます。

2年ぶりに顔を会わせた新宿ピットイン・ライブで感じた絆
治田:今日はこのバンドの2年ぶりのライブでしたけど、とても楽しかったですね。以前にも感じていましたけど、ライブのたびに色合いの違う演奏になるバンド。私が方向性を決めなくても全員が自由に演奏して、それによって曲がどんどん前へ進んでいく感じ。みんなが生み出す音楽の海の中で、クラゲのようにゆったりと浮かんでいるような心地好さでした(笑)。
永武幹子(P):久しぶりに七海ちゃんの音を聴いて、とても懐かしかったです。アメリカに行く前から、肝のすわったたくましいミュージシャンだと思っていたけど、いろいろな理論や経験が肉付けされて、さらに大きくなったという印象。今日、演奏した「TOSHI」という曲でも、アメリカで作った曲なんだと思うけど、メロディやコード進行などに日本人のアイデンティティも反映されていて、ものすごく美しく感じました。

高橋陸(B):最初に会った時から、心に響く音を出していたけど、2年ぶりに一緒にやって感じたのは、ソウルフルな要素がより磨かれたということ。単なる楽器の音ではなく、人の心を動かす力が具わった音ですよね。それから演奏がいろんなところへ進んでいく感じもすごく面白かった。例えて言えば、終わらない滑り台に乗っている感じ。一緒に演奏していて、気が付いたら知らないゾーンに入っていたということが何度もあって、演奏中に笑っちゃいました(笑)。

中村海斗(Dr):七海のことは、以前から、「札幌にすごく上手なトロンボニストがいる」って聞いてました。だから、このバンドで初めて一緒に演奏した時は、けっこう緊張していたんです。だけど、実際にやってみたら、普通は(音楽的に)やっちゃいけないようなことや、「?」と思うことも自由に試していいバンドだということが分かって(笑)。今日は久しぶりの演奏だったので、すごく懐かしい気分。「?」もあんまり思わず、迷うことなく伸び伸びと演奏できました。なんででしょうね…2年も空いていたのに。

治田、永武、高橋、中村の4人が思い描く今後の活動
この日のカルテット演奏以外にも数々のプロジェクトを抱える皆さんに今後の活動予定や展望を伺ってみました。
治田:今後の活動といっても、毎日、音楽を続けていきたいという気持ちが強くて、特に具体的な目標のようなものは考えていないですね。すべての芸術には終わりがないし、誰もが死ぬまで成長していかなきゃいけないと思っていますから。ジャズという音楽は、有名なコンサートホールに出るとか、CDを何枚出すとか、そういうのがゴールじゃないような気もしますし、むしろ、知らないミュージシャンに出会ったり、新しい音楽を聴いたり、さらには音楽に関係ないと思われるような、美味しいものを食べたり、旅をしたりとかのような人生経験を積みながら、自分自身のサウンドを死ぬまで追い続けることが大切なのかなと思っています。
永武:最近、違う国の音楽や文化などに触れることによって、自分が本当に好きなものが分かるのではないかという思いを強くしています。ネットとかでサーチする方法もありますが、やっぱり直に触れることの方がずっと大きいと思っていて。自分の音楽ばかりに集中して、他のものをあまり聴かずにやっていると、ただ上手くなろうという方向に行っちゃいがち。それよりも、いろいろな人の価値観や音楽性を吸収していった方が、自分のアイデンティティや音楽性がより鮮明に見えてくる感じがしています。そういった意味で、いろいろなミュージシャンの演奏を聴いてみたり、さまざまなものに触れたりしながら、自分がやりたい音楽の核に少しずつ近づいていきたいと思っています。
高橋:僕が思うのは、今をしっかり生きていくということかな。僕はあんまり先のことを考えるのが好きじゃないので(笑)。肩に力を入れ過ぎたりせず、好きな演奏を続けながら、ふと思い浮かんだ時に曲を書いていく。そしていつか、そういう自然体な曲が溜まったらCDを作ってみてもいいかもしれない、そう思っています。
中村:2025年3月に『Invisible Diary』というアルバムを出したばかりなので、まずはそのレコード発売記念のツアーを頑張りたいということがひとつ。あともうひとつは、その後、すでに大量に新曲を作ってしまったので(笑)、早く次のアルバムを録りたいということ。そっちも頑張っていきたいと思っています。

Seiko Summer Jazz Camp 2025受講生へのメッセージ
最後に、Seiko-SJC卒業生の治田さん、高橋さん、中村さんの3人から、SeikoSJC 2025受講生へのメッセージをもらいました。
治田:Seiko SJCの最も素晴らしい点は、講師陣がすごいミュージシャン揃いだということ。ですから、その5日間の中でどんどん質問をして、一緒に音を出してみてください。それから、参加者との出会いも大切にしてほしいですね。情報共有したり、音楽仲間が増えるのはとてもいいことだと思います。高田馬場の<Café Cotton Club>で毎月1回、SeikoSJC卒業生のライブ&セッションが開催されていて、卒業後の交流が盛んなのも嬉しいですね。
高橋:僕からのアドバイスとしては、講師の方たちと一緒に演奏した音を録音しておくということ。あとで、その演奏音源を聴き返しながら、自分の音楽を掘り下げていくといいと思います。SeikoSJC卒業生ライブ以外にも、<Jazz Spot Intro>でジャム・セッションをやっていて、そこでの交流も盛んです。
中村:七海と陸も言ってるけど、OB、OGのつながりも大きいよね。考えてみたら僕のトリオも、みんなSeikoSJC出身[ 中村海斗(Dr)、高橋陸(B)、布施音人(P/ 2018年参加) ]だからね(笑)。 SeikoSJCみたいに、こんなすごいミュージシャンたちにたっぷり教えてもらえる機会って他にないから、何でも聞いて、ぜんぶ吸収するといいと思います。