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Interview
2019年のSeiko Summer Jazz Campで最優秀賞を受賞。札幌出身のトロンボーン奏者が語る、ミシガン州立大学への留学生活。
2019年参加者 / トロンボーン 治田七海
- 2024/06/10
- 2024/10/22
Profile
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治田七海(はるた ななみ)
治田七海(はるた ななみ)
トロンボーン奏者
2001年、北海道札幌市生まれ。5歳からピアノを学び、8歳の時にブラスバンドでトロンボーンを始める。13歳の頃よりライブ活動を開始。14歳で北海道グルーブキャンプに参加し、バークリー賞を受賞。翌年米国へ短期留学。17歳でSeiko Summer Jazz Campに参加し、最優秀賞を受賞。2020年に活動の拠点を東京に移し、2022年6月にはSeiko Summer Jazz Camp最優秀賞の副賞として米国でのジャズ・キャンプに参加。11月にデビュー作『II』をリリース。2023年9月からはSeikoSJCの講師リーダーを務めるマイケル・ディーズが教鞭を取るミシガン州立大学への留学を開始。数々のコンペに参加し、ニューヨークの老舗ジャズクラブ<バードランド>とジャズ・アット・リンカーン・センター内にある<ディジーズ・クラブ・コカ・コーラ>での演奏が予定されているなど活躍の場を広げている。
2019年開催の『Seiko Summer Jazz Camp』の<最優秀賞>を受賞した札幌出身のトロンボーン奏者、治田七海さんは2020年1月から東京を拠点に音楽活動をスタート。精力的にライブを行ない、2022年11月には日本が誇る世界的ジャズ・ギタリスト、増尾好秋氏をプロデューサーに迎えたファースト・アルバム『Ⅱ』を発表します。新進気鋭のジャズ・トロンボニストとして注目度は急上昇!そんな最中、彼女は2023年9月にミシガン州立大学に留学します。8か月が過ぎ、同校のビッグバンド・ノネットがジャパン・ツアーの開催を決定したことで、メンバーの彼女も一時帰国しました。タイトなスケジュールではありましたが、その合間を縫って東京・高田馬場にある<カフェ・コットン・クラブ>に駆け付け、留学生活について語ってくれました。
取材・文:菅野聖
撮影:樋口勇一郎
取材日:2024年5月12日
渡米が延期になったことも今にして思えば良かったです
「私は小学生の頃からトロンボーンを吹き、ジャズを演奏していますが、いずれ、アメリカで本格的に勉強したいと思っていました。ジャズが生まれた国に行けばレベルの高い先生に指導してもらえるのではないかという漠然とした夢を描いていたのです。有名なバークリー音楽大学やジュリアード音楽院への留学も考えましたが、17歳の時に『Seiko Summer Jazz Camp』に参加して講師リーダーのトロンボーン奏者、マイケル・ディーズ先生と出会い、自分の進むべき道が明確になったんです。ディーズ先生のレッスンをもっと受けたい、その一心で彼が教鞭をとるミシガン州立大学音楽学部への留学を決意しました。ところが予期せぬコロナ禍に突入、渡米は延期になってしまったのです。もちろん、がっかりしましたが、上京して音楽活動をしようと気持ちを切り替えました。そのお陰で多くのミュージシャンと知り合えたんですよ。札幌在住の時からお世話になっていた山田丈造(Tp)さんや原川誠司(As)さんといった方々が東京で活躍中のジャズ・ミュージシャンを紹介してくださったり、自ら参加したジャム・セッションでつながりがどんどん広がっていき、毎日のようにライブをする約3年半を過ごせました。それは留学が延期になってよかったと思えるほど充実した日々でした。仮にアメリカでの生活が辛くて、心が折れてしまったとしても “東京”という帰る場所ができたと今は思っています」

『Seiko Summer Jazz Camp』の最優秀賞を受賞した際に贈られた副賞で参加した<ブレバード・ジャズ・キャンプ>での奇跡
「留学が延期になったことでもう一つよかったことがあります。『Seiko Summer Jazz Camp』の最優秀賞を受賞した際に副賞としていただいた(通称)<ブレバード・ジャズ・キャンプ>への参加です。本来なら、2020年6月にアメリカのノースカロライナ州にある<Jazz Institute at Brevard Music Center>で2週間、ジャズを学ぶ予定でしたが、パンデミックが理由で延期となり、参加出来たのは2022年の夏でした。そこで体験したことも大きな財産となりましたが、ミシガン州立大学の教授であり、『Seiko Summer Jazz Camp』の講師も務めていらしたジャズ・ベーシストのロドニー・ウィテカーさんとの出会いは今も感謝しかありません。実は、授業料が半分になる奨学金でミシガン州立大学に留学する予定でしたが、円安が進み、金銭的に渡米するのは厳しいのではないかと不安を抱えていた時期だったので、思い切ってウィテカーさんに相談してみたら、なんと彼が大学に掛け合ってくださり、全額奨学金を出してもらえることになったのです。それで、私は心置きなく留学することが出来ました。ウィテカーさん、そして<ブレバード・ジャズ・キャンプ>に参加するきっかけを作ってくださった『Seiko Summer Jazz Camp』にもこの場を借りてお礼申し上げます」

演奏三昧の留学生活
「昨年の9月からミシガン州立大学音楽学部の“パフォーマンス・ディプロマ・コース”で学んでいます。実技を磨くカリキュラムの為、マイケル・ディーズ先生から直接、個人レッスンを受けるのが主で、座学はありません。留学する前は、教室で講義を受ける授業もあるんだろうなと勝手に想像していたので、入学したばかりの頃は驚きました。1日のスケジュールは基本的に午前10時から学校の練習室でウォーム・アップをして、12時から1~2時間、ディーズ先生の個人レッスンを受けます。週2回は午後4時からビッグバンドのリハーサルが2時間あり、ジャズ科のトロンボーン・プレイヤーとの合同レッスンもあります。いずれにしても、演奏に明け暮れる毎日ですが、東京で音楽活動していた頃よりも時間的に余裕があるので、個人練習に充てる時間も増えました。留学して良かったと思うことの1番は、やはり、マイケル・ディーズ先生から直接レッスンを受けられることですね。その尊敬しているディーズ先生から演奏のお仕事をいただくようになったことも大きな喜びを感じています。今年の冬には、人気ドラマー、ユリシス・オーエンス・ジュニアが率いるビッグバンドに参加して、ニューヨークの老舗ジャズクラブ<バードランド>とジャズ・アット・リンカーン・センター内にある<ディジーズ・クラブ・コカ・コーラ>で演奏することが決まっています。そんな風に世界的に活躍するトップクラスのジャズ・ミュージシャンとつながれるようになってきたんですよ!」

エスキパートからの指導、個人練習の大切さ
「私は元々、独学でトロンボーンを始めたので、すぐに疲れてしまう吹き方をしていました。けれども、マイケル・ディーズ先生に教えていただいた奏法のお陰でかなり持久力が付いたと思います。それと“君はどんな音を出したいの?”と聞かれ、答えた音色に近づく演奏法もアドバイスしていただきました。具体的かつていねいに教えてくださるので本当に勉強になります。毎日の個人練習も大切にしています。1日、30分から1時間ぐらいはスケール、ロングトーン、リップスラーといった基礎練習にあてていますが、これを続けるのはとても大事だと思っています。楽器は5年位前からヤマハのYSL-891Zを愛用していて、それもディーズ先生の影響です。彼と同一のモデルではありませんが、似ているトロンボーンを試してみたらすごく相性がよかったんですよ」
留学先でも日々チャレンジ
「渡米してから様々なコンペティションにチャレンジしています。オンラインで演奏動画とバイオグラフィーを主催者に送り、結果を待つスタイルが一般的で、例えば<Jazz Education Network>主催の『Sisters In Jazz』というコンペではバンド・メンバーに選ばれ、今年(2024年)1月にニューオリンズで行われたジャズ・フェスティバルに出演しました。<International Trombone Association>主催の『Carl Fontana Jazz Trombone Competition』ではファイナリストになり、5月末にテキサスで行われる決勝戦に参加します。『JJ Johnson Jazz Trombone Competition』ではSecond Alternateに選出されるなど、他にも色々。
コンペに応募した以上、賞を獲得するのは嬉しいことですが、それ以上に喜びを感じるのは、大学の教授やミシガンで長年活躍しているベテラン・ミュージシャンと演奏した時に、彼らから“また一緒にやろう”と言ってもらえた時ですね。このひと言は本当に励みになります。英会話ですか? 決して得意な方ではないので、渡米前にできる限りの準備はしましたが、いざ暮らしてみると早口で聞き取ることができず、最初の3か月ぐらいは何を言っているかほとんどわかりませんでした。とにかく耳がついていかないんですよ。今は教授陣も含め、みんなが私の英語力を認識してくれたのでわかりやすい英語でゆっくりと話してくれるようになりました。友だちもサポートしてくれるなど、優しい人ばかりに囲まれていて助かっています。それでも1か月に1回ぐらいは“英語嫌いだ~!”って日本語で叫びたくなることがありますね(笑)。生活習慣の違いには今も困惑の連続ですし、物価の高さには手も足も出ず。それでも留学して良かったと思っています」

今もジャズ・キャンプに参加する理由
「私が所属しているミシガン州立大学のビッグバンドが日本でツアーをすることになり、今回、帰国しました。5月28日にミシガンに戻りますが、その後は応募したコンペのファイナル決戦に出場するなど様々なイベントが詰まっています。8月31日まで夏休み期間なのでアメリカで開催される様々な<ジャズ・キャンプ>にも参加する予定です。何故、今も<ジャズ・キャンプ>に申し込むのか。勿論、レッスンを受けたいから、という理由もありますが、それ以上に新しい出会いを期待しているのです。泊まり込みで1週間~2週間、共通の時間を過ごした仲間とは必然的に親しくなりますし、今後の音楽活動によい影響を与えてくれると信じています。私は13、4歳の頃に初めてジャズ・キャンプ(北海道グルーヴ・キャンプ)に参加し、タイガー大越(Tp)さんなどバークリー音楽大学の先生方からレッスンを受けました。その時に出会った林ライガ(Dr)くんやマッピーの愛称で知られる甲田まひる(Pf)ちゃんとは今も時々、連絡を取り合っていますし、『Seiko Summer Jazz Camp』で知り合った中澤ひとみ(Tb)ちゃんとも友情関係は続いています。彼女は今、ワーキングホリデーを利用してカナダを拠点に音楽活動しています。ですから、『Seiko Summer Jazz Camp』に参加したいと思っている方がいたら背中を押してあげたいですね。純粋に音楽がやりたい、ジャズを学びたいという姿勢さえあれば無料で参加できるのですから!私自身、このキャンプに参加したことで人生を変えるきっかけとなった人物、マイケル・ディーズ先生と出会いました。そして今、キャンプに参加する以前には想像もしていなかった刺激的な日々を送っています。渋る理由はないと思います!」
唯一無二のトロンボニストになりたい
「マイケル・ディーズ先生に教えていただいていますが、彼の演奏をまねたいとは思っていません。多くのことを吸収しながらもそっくりなプレイにはならないようと心掛けています。夢は唯一無二の、他にいないスタイルのジャズ・トロンボニストになること。(2024年)9月からは2年目となる最後の大学生活がスタートしますが、学生ビザの有効期限が切れる2028年まではアメリカに滞在して音楽活動をしていきたいと考えています。留学前は卒業後のことを何も決めていませんでしたが、実際に生活してみたら、もう少しアメリカに居たいと思うようになったのです。もっともっと多くのミュージシャンとめぐり会いたいですし、知らない世界を体感したいのです」

今回インタビューに登場してくれた治田七海さんが権威のあるカール・フォンタナ国際トロンボーン協会のベスト・トロンボーンニスト22 and underで優勝