Magazine

Interview
大林武司と壷阪健登によるジャズ・ピアニスト同士のスペシャル対談
ピアノ講師 大林武司、2016年参加者 / ピアノ 壷阪健登
- 2024/08/09
- 2024/10/22
Profile
-
大林武司(おおばやし・たけし)
大林武司(おおばやし・たけし)
1987年、広島県生まれ。2007年に米ボストンのバークリー音楽大学に入学。在学中より本格的に演奏活動を開始。コンペティションでの実績も多数あり、2016年度にはフロリダで毎年行なわれる全世界の若手ジャズ・ピアニストの登竜門「Jacksonville Jazz Piano Competition」に日本人で初のグランプリを受賞。同年初のトリオ作『マンハッタン』を発表。ニューヨークを拠点に自己のバンドやユリシス・オーウェンズJr.との共同プロジェクト「ニュー・センチュリー・ジャズ・クインテット」のほか、ホセ・ジェイムズ、黒田卓也、MISIAバンドのレギュラー・ピアニストとして世界的に活躍。第1回Seiko Summer Jazz Camp 2016から講師を務める。
-
壷阪健登(つぼさか・けんと)
壷阪健登(つぼさか・けんと)
大学4年生の時に、1期生としてSeiko Summer Jazz Camp 2016に参加。
その後、バークリー音楽大学に留学。2022年からは石川紅奈(B,Vo)さんとのポップス・ユニット<soraya>を結成。2024年5月には世界的ジャズ・ピアニスト、小曽根真氏のプロデュースによるソロ・ピアノ・アルバム『When I Sing』でメジャー・デビュー。
2016年にスタートした時からSeiko Summer Jazz Campの講師を務めているピアニストの大林武司さん。その彼から直接指導を受けた1期生の壷阪健登さんは2024年5月に世界的ジャズ・ピアニスト、小曽根真氏のプロデュースによるソロ・ピアノ・アルバム『When I Sing』でメジャー・デビューし、現在、注目の的となっています。石川紅奈(B,Vo)さんとのポップス・ユニット<soraya>も好評で、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで躍進中。一方、大林さんの近況といえばベン・ウィリアムス(B)、ネイト・スミス(Ds)を率いたリーダー・バンド<TBN TRIO>名義で発表したアルバム『THE BIG NEWS』(2023年発売)を引っさげ、2024年にかけて2度のジャパン・ツアーを敢行し、各会場を熱狂させました。ジャズを軸とした音楽シーンで互いに足跡を刻むピアニスト同志。そんなおふたりの出会いの場となったSeiko Summer Jazz Campの思い出を中心に語り合ってくれました。
取材・文:菅野聖
撮影:樋口勇一郎
取材日:2024年7月12日
その前に、壷阪さんが参加した第1回Seiko Summer Jazz Camp の講師陣を改めてご紹介します。オーディションで選出された28名に直接指導したのは、ニューヨークを拠点に活躍中だった日米混合ジャズ・バンド<ニュー・センチュリー・ジャズ・クインテット>のメンバー、大林武司さん、ユリシス・オーエンス・Jr.(Dr)、中村恭士(B)さん、ベニー・ベナックⅢ(Tp)、ティム・グリーン(As)。さらにトップ・トロンボーン奏者のマイケル・ディーズ、特別顧問として守屋純子(P)さん、そしてチェアマンは日本が世界に誇る音楽家の前田憲男(2018年他界)さんでした。
革命ともいえるSeiko Summer Jazz Campで過ごしたポジティブな日々。
壷阪:僕がSeiko Summer Jazz Campに参加したのは大学4年の夏休みでした。ニュー・センチュリー・ジャズ・クインテットのメンバーが来日してジャズのワーク・ショップを開催すると知り、こんな面白そうな機会を見過ごすわけにはいかないと、東京・高田馬場にある<ジャズスポット・イントロ>で出会った仲間たちとこぞって応募したんです。当時、このようなジャズ・キャンプは東京で行なわれていなかったはずですし、いずれにせよ、現役で活躍する素晴らしいミュージシャンに直接教えていただけるんですから応募しない手はないですよね。しかも、無料ですよ、無料!
大林:そう、無料。これは革命です、大革命!(笑)
壷阪:ですよね(笑)。
大林:ツボケン(壷阪)とはアンサンブルのクラスで出会ったんだよね。あの頃から音楽性もピアノの技術もすごく高くていい演奏をするなあと思っていました。よいピアニストの指標のひとつに“伴奏ができる”“ベースやドラムと上手く機能する演奏ができる”といったことが挙げられるんだけれど、そういった面でも素晴らしいプレイをしていたのでプロになればいいのに、と思っていました。その後、バークリー音楽大学に留学したと風のうわさで知り、ひそかに喜んでいたんです。
壷阪:ありがとうございます!参加したSeiko Summer Jazz Campは今、思い返してみても本当にポジティブな日々でした。ジャズを学びたいという同世代の仲間たちとの出会いも刺激的でしたね。例えば、草田一駿(そうたかずとし)くんは当時、16歳だったんじゃないかな。
大林:そう、彼は僕と同郷の広島出身でね。
壷阪:ピアノだと海堀弘太(かいほりこうた)さんも同期ですし、僕のトリオのベース、高橋陸(たかはしりく)くんも1期生だったはず。トランペットの鈴木雄太郎(すずきゆうたろう)くんや、同年齢の曽我部泰紀(そがべやすき・Ts)くん、トロンボーンの池ちゃん(池本茂貴・いけもとしげたか)も同期です。2期生以降の顔触れを見ても、今、シーンに出ている若手ジャズ・ミュージシャンの多くがSeiko Summer Jazz Campの参加者で、もしかしたら、大半と言っても大げさじゃないかもしれません。例えば、ニュー・センチュリー・ジャズ・クインテットの存在を教えてくれたのもドラマーの濱田省吾(はまだしょうご・3期生)さんでしたしね。ホント、Seiko Summer Jazz Campに参加できて良かったです。共通のビジョンを持った同世代のエネルギーが満ちあふれていましたし、もっとジャズを知りたい、もっと上手くなりたいという意欲もわいた4日間でした。今振り返るとバークリーで過ごした日々と似ています。親身になってくれる素晴らしいミュージシャンが目の前でカッコいい演奏を見せてくれる。そういう先生方からレッスンを受け、同じ向上心のある仲間と毎日のようにジャムやレコーディングをしていたボストンで過ごしたあのころ。その学びの毎日はSeiko Summer Jazz Campの延長線上にあったんだ、ということにのちのち、気づきました。

教える側の喜びと新たな発見、若手ミュージシャンへの期待
大林:僕もバークリー音楽大学に留学していたので、その空気感がSeiko Summer Jazz Campと似ているというツボケンの気持ちがよくわかります。では何故、似ているのか、その理由のひとつに先生が自分のことを先生と思っていないからじゃないかな。純粋にジャズという音楽が大好きで、生業(なりわい)を目的にプロになったわけではない、そういうミュージシャンばかりが教えているんですよね。僕自身、Seiko Summer Jazz Campに初めて携わった2016年はまだ20代だったということもあり、自分のことを先生だとは全く思っていなかったです(笑)。
壷阪:確かに、先生というより兄貴みたいな感じでした(笑)。
大林:もちろん、教える喜びも毎年実感していますよ。僕がシェアしたことを生徒さんたちが目を輝かせて聞いてくれている、僕も伝えながら感動を覚え、新たな発見もある。これって非常によい循環だと思うんです。それと、Seiko Summer Jazz Camp出身のミュージシャンは皆、演奏水準が高いというのも素直に嬉しいですね。彼らが海外のジャム・セッションで現地のプロと共演しても、充分、対等にプレイできるレベルですし、耳の肥えたオーディエンスは日本の若手ジャズ・ミュージシャンの水準の高い演奏に驚くと思います。今、日本のジャズは明治維新のような新たな局面を迎えていると感じていて、だからこそ、これからの音楽シーンや、日本が世界に与えていくであろうインパクトを想像すると楽しみで仕方ありません。

壷阪:僕は大林さんのピアノを聞くといつも背筋が伸びるんです。今年6月に東京芸術劇場で開催された<METROPOLITAN JAZZ Vol.4 TOKYO PIANO NIGHT>と題した5人のピアニスト(アマーロ・フレイタス、シャイ・マエストロ、小曽根、大林、壷阪)が出演したコンサートで、大林さんのソロ演奏「オール・ザ・シングス・ユーアー」を聴かせていただきましたが、あの時もジャズのコアな部分を深く追求されていることを実感しました。そのコアを拡大し、現代の新しい音楽を演奏している、だから、大林さんの演奏には深みがあるのだと思います。視点や姿勢も尊敬していますし、TBN TRIOのアルバムももちろん、愛聴しています!大林さんとお近づきになれたSeiko Summer Jazz Campには本当に感謝しています。
創造性の高いプレイをしたい(大林) 立体的にピアノを弾きたい(壷阪)
大林:そういえば、僕もツボケンのことを尊敬していますよ。
壷阪:ええっ!
大林:Seiko Summer Jazz Campを受講していた時から、ツボケンは音のひとつひとつを大切に聴いて弾いていたし、1本、筋が通っていた。音楽の力を信じていることがピアノの演奏から伝わってくるし、それはとても意義深いことだと思っています。ジャズに対する愛情や情熱を大切にしながらプロとして活動していて本当に素晴らしいと思っています。
壷阪:大林さんにそう言っていただけて光栄です。僕はジャズが好きでピアノの練習を続けて来ました。でも、もっと上手くなりたい、もっと立体的にピアノを弾きたいと今、改めて思っています。並行して、コンボ(少人数編成のバンド)での演奏も積極的に行っていくつもりです。そのためにもほかのミュージシャンと演奏する“マッスル・メモリー”を強化しなければなりません。僕は小曽根さんにお声がけいただき、ソロ・ピアノ・アルバムでメジャー・デビューさせていただきましたが、次回作では自分がどういう音楽をやるか、思案中です。
大林:僕はより創造性の高いプレイをしたいですね。料理で例えると、献立を複数のレシピを組み合わせて提供するのではなく、レシピを用意していない状態で食材と向き合い、自分の精神的動機を伴った判断を元にどう調理するかをその場で決めて実行し、時には上手くいくかわからない斬新な食材の組み合わせであっても、感覚がそれを許容する場合は失敗覚悟で実行していく…、みたいなプロセスを繰り返し行っている方が、演者も聴き手も新たな発見に出会える可能性が増え、それがジャズの大きな魅力である即興性を最大限に増幅させる方法なのではと思っています。

講師による忘れられない演奏パワー
大林:話は変わりますが、僕がバークリー音楽大学に留学したきっかけは<第1回北海道グルーヴキャンプ>に参加したのがきっかけでした。当時、18歳だった僕はジャズを全く解らないまま、とりあえず行ってみるか、ぐらいの軽い気持ちで参加したのです。ところが講師の演奏を聴き、とてつもない衝撃を受けました。その5分間で“僕がやりたいのはこれだ!”と確信したんです。プレイしていたジョアン・ブラッキーン(P)さんに習いたいという想いもわき起こり、バークリー音楽大学に留学することを決意したわけです。つまり、あの時、北海道のジャズ・キャンプに参加しなければ、今、僕はここにいません。ジャズ・キャンプがその後の人生を決定づけたんですよ。ちなみに留学してからは無茶苦茶、ピアノの練習をしましたよ。1日12時間ぐらいは平気で弾いていたんじゃないかな。このモチベーションを与えてくれたのもジャズ・キャンプだったと思います。ですから、将来の目標が定まっていない人もジャズに興味があり、学びたい気持ちがあるなら、是非、Seiko Summer Jazz Campに応募して欲しいですし、(オーディションを突破して)受講することができたあかつきには超最高な日々が待っているとお約束します(笑)。

壷阪:(うなずいて)僕もSeiko Summer Jazz Campの講師が演奏した時に受けたパワーは今も忘れられませんね。楽器を構えただけでその場がキュっと引き締まるような、泣く子も黙る的な(笑)。しかも、期間中は常に楽しくて。……こうして話しているとどんどん思い出してきました。あの時、僕に与えられた課題曲はジョン・コルトレーン(Ts)作曲「グランド・セントラル」で、最終的にはグループで演奏するのですが、まずは徹底的に曲を聞き込みました。次に各楽器のソロは何をしているか、その裏でリズム・セクションはどういう動きをしているか、注意深く聞き、曲を覚え、弾いて、みんなで演奏する。その過程がジャズを学ぶベーシックな形だと思いますが、講師の方々からいただくヒントで演奏がガラリと変わるんですよ。

大林:例えば、リズムがバラバラだったとしても、互いの音をしっかりと聴けば信頼関係が生まれてグルーブが良くなります。その着眼点を提示するだけで、生徒さんは短期間で成長するんですよね。技術力が急激にアップしなくても演奏はよくなるし、その成長を見ることができるのも講師としての醍醐味ですね。
壷阪:ですから、Seiko Summer Jazz Campに興味があるにもかかわらず、様々な理由で尻込みしている人がいるとしたら、とにかく応募だけでもして欲しいです。心からおすすめできる学びの場なので。