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Seiko Summer Jazz Camp 2025【前編】
世界のトッププレイヤーと過ごした、濃密なジャズの5日間
- 2025/10/01
- 2025/10/01
プロのジャズ・ミュージシャンを目指す若者たちが、日本にいながらにして世界の一流プレイヤーから指導を受けられる本格的ジャズ・キャンプを実現したいという願いのもと、セイコーグループ株式会社の特別協賛によって2016年からスタートしたSeiko Summer Jazz Camp。その10年目となる今年も、全国から意欲的な若者40名の受講生を迎えて開催されました。5日間にわたって尚美ミュージックカレッジ専門学校で行なわれた充実のキャンプの模様を前編、後編の2回に分けてリポートします。
取材・文:早田和音
撮影:amigraphy
取材日:2025年8月11日・13日
伝統に根差すことによって継承されてきたジャズの遺産と革新
16歳から25歳の若者を対象にして、世界的ジャズ・ミュージシャンの講師陣からジャズの演奏技術や理論、さらに音楽の楽しみ方や向き合い方などの指導を無料で受けることのできる5日間のジャズ教育プログラム、Seiko Summer Jazz Camp。2016年からスタートして今年で10回目(2020年、21年はコロナ禍のためオンライン開催)となるSeiko Summer Jazz Camp 2025(以下SeikoSJC)が8月11日~15日に尚美ミュージックカレッジ専門学校で開催されました。今年のテーマは「Legacy and innovation are rooted in tradition」。ジャズ史を彩る数々の名作・名演や革新的な作品のすべては、長い歴史の中で培われてきた伝統に根差したうえで生まれたという視点に立ち、その伝統を踏まえながらジャズを学んでいこうというメッセージが込められたものです。
そしてその指導をしてくれる講師陣は、リーダーを務める世界的トロンボーン奏者のマイケル・ディーズ(Tb, Bs)を筆頭に、ディエゴ・リヴェラ(Ts)、ベニー・ベナック・Ⅲ(Tp, Vo)、中村恭士(B)、クインシー・デイヴィス(Dr)、特別顧問の守屋純子(P, Comp, Arr)ら、これまでSeikoSJCを支えてきたお馴染みの面々に加えて、ダン・ニマー(P)、ジョセリン・グールド(G)、アリシア・オラトゥージャ(Vo)の3人が初参加しています。いずれもワールドワイドに多忙な演奏活動を行うトップ・ミュージシャン。この9人が揃うだけでも驚きです。さらにそうした講師陣と受講生のコミュケーションをアップさせるために、田中充(Tp)、橋爪亮督(Ts)、池田雅明(Tb)、松原慶史(G)、大井澄東(Dr)という、国際的な活躍を見せている日本人ミュージシャンや、数多くの来日ミュージシャンの通訳を務めてきた渡瀬ひとみさんらが通訳講師として参加。受講生の皆さんと講師陣との会話や意思疎通がスムーズにできるようになっており、細かな点まで配慮されたサポート体制に心強さを感じます。

「音楽はコミュケーション」を実感する授業内容と雰囲気
その初日、8月11日10時から始まる最初のプログラムは、SeikoSJC5日間のメイン演奏会場となる尚美バリオホール(346名収容)でのオリエンテーション。最初に登場した講師リーダーのマイケルが講師の皆さんを次々に紹介すると、各講師から受講生に対してユーモアに富んだ温かなメッセージが送られ、最初は緊張感の見えた受講生の皆さんの表情が徐々にワクワクした顔つきへと変化。期待が膨らんでくるのが伝わってきます。アリシアとベニーの楽しげなデュオ・ヴォーカルをフィーチャーした講師陣演奏「They Can’t Take That Away from Me」で和やかに終えられたオリエンテーションの次は、いよいよレッスンのスタートです。
最初の授業は、トランペット、サックス、トロンボーン、ピアノ、ギター、ベース、ドラム、ヴォーカルの受講生がひとりずつ配置されたスモール・コンボに分かれてのレクチャー&アンサンブル。ベニー&ダンが指導するGroup 1、クインシーが教えるGroup 2、ディエゴが受け持つGroup 3、中村&アリシアがコラボで授業をするGroup 4、ジョセリン&守屋が担当するGroup 5という5グループに分かれて、それぞれの講師の個性豊かな語り口で進められます。
その中で共通して語られていたのがコミュニケーションの大切さでした。周りの音を聴き合うことはもちろんのこととして、互いにアイ・コンタクトを取ることも、バンドの演奏を発展させるうえで非常に重要だということが伝えられたほか、さまざまな助言が与えられます。すると、アドバイスされるたびに受講生の演奏が変化していきます。講師の的確なコメントと、それをすぐに取り入れる受講生の熱心さが合わさって演奏がどんどんレベルアップしていく様子を見るのは、まるで眼前で音楽のマジックが繰り広げられているようでした。

ここで、今回はじめてSeikoSJCの講師を務めるダン、ジョセリン、アリシアの3人に、教える際に大切にしていることを伺ってみました。
「私が最も大切にしているのは、生徒のニーズを見極めること。リズムの指導が必要な生徒もいれば、ハーモニーの指導が必要な生徒もいるので、アドバイスは人によって変わってきます。その中で、私の音楽知識をできる限り伝えるようにしています」(ダン・ニマー)
「皆さんの心の中にある音楽愛を引き出してあげることを一番にしています。さまざまな音楽要素にフォーカスしながら教えていますが、大事なのはそれらを楽しむこと。皆さんと一緒に楽しく学んでいきたいです」(ジョセリン・グールド)
「その人のすべてに注意を向け、それらを受け止める気持ちで教えています。私たちには楽しい時も悲しい時もあり、いろいろな感情とともに生きています。悲しい時でも、その感情を否定するのではなく、そこから生まれる表現を活かしてあげたいと思います」(アリシア・オラトゥージャ)



楽しくジャズを学ぶことのできる多角的なカリキュラム
そして初日の午後は、管楽器、リズム楽器、ヴォーカルに分かれてのレクチャー&アンサンブルと、バリオホールでのマスタークラスというふたつの授業が用意されました。管楽器受講生が集うホールに各バンドのリズム・セクションが交替で参加してさまざまなビッグバンドが組み上げられていく前者のアンサンブル。そしてベニーが音源を流しながら次々に繰り出すブラインド・フォールド・テスト(予備知識なくCDなどを聴いて、その演奏者を当てるクイズ)によって、聴くことの大切さがゲーム感覚のように楽しく身に付いていく後者のマスタークラス。アプローチの異なる授業で多角的にジャズを学んでいく楽しさが感じられました。

3日目にして感じられる受講生の皆さんの大きな成長ぶり
SeikoSJCは2日目から4日目までは、午前中が楽器別のマスタークラスと、バンド別のスモールアンサンブルという2コマ。そして午後は管楽器(ビッグバンド)、リズム楽器、ヴォーカルに分かれてのワークショップと、全員参加のマスタークラスの2コマという一連のカリキュラムで構成されています。
キャンプが進むにつれて気づいたことは、講習内容がバラエティ豊かに発展していること。3日目の楽器別マスタークラスでは、受講生の演奏に対して個別のアドバイスを与えていくダンのレッスンや、オスカー・ペティフォードの名曲「Laverne Walk」を題材にしてベースのメロディ表現を掘り下げていく中村のレッスンなど、盛りだくさんの内容。さらにスモールアンサンブルの授業でも、ソロイストを引き立たせるためにはどうすればよいかを受講生たちに考えさせるジョセリン&守屋の授業や、コール&レスポンスをストーリー性豊かにするためのディスカッションを取り入れた中村&アリシアの授業など、応用力が求められるワークショップとなっています。初日と比べると明らかにハードルが上がっているのですが、受講生の皆さんの顔に戸惑いの表情は見られません。どのクラスでも、みんなで自主的に話し合ったり、互いにアイデアを出し合ったりしながらどんどん演奏を発展させていきます。3日目にして皆さんが気兼ねなく話せる友人関係を築きあげ、急速に成長していることを実感します。その手ごたえを受講生たちから聞いてみました。


「講師の皆さんがとても優しくて、それでいて的確なアドバイスをしてくださったので、今まで無意識にやっていた癖にも気づけました。コミュニケーションを取ることで演奏がより楽しくなるということも実感しています」(アベディン シャブニル イシラク・B)
「本当に楽しくて、もう3日も過ぎちゃったの?って感じ。ジャズ友達もたくさんできてうれしいです。目を見て演奏するのが重要だということに気づけたのは大収穫でした」(蒲野新太・Dr)
「これまで自分の演奏で、なぜ上手くできないのか分からない部分があったんですけど、ダン先生が、“ここはこうすると弾けるようになるよ”とか、“こういう練習をするといいよ”って教えてくれて。上達への道順が見えてきた感じがしています」(中居飛翔・P)
こういった受講生たちの5日間の成果が発揮されるガラコンサートと授賞式の模様は後編でリポートいたします。
また、記事では伝えきれなかったセッションの熱気や、受講生たちの生き生きとした表情ダイジェスト動画にまとめました。
音楽が生まれる瞬間を、ぜひご覧ください!