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第3回Seiko Summer Jazz Campで優秀賞に輝き、米国留学を実現させたサックス奏者

Interview

第3回Seiko Summer Jazz Campで優秀賞に輝き、米国留学を実現させたサックス奏者

2018年参加者 / アルトサックス 及川陽菜

Profile

  • 及川陽菜 (おいかわ・ひな)

    及川陽菜 (おいかわ・ひな)

    及川陽菜 (おいかわ・ひな)

    1998年、埼玉県出身。
    中学校の吹奏楽部でアルトサックスを始め、高校入学と同時にジャズに転向。在学時から都内のライブハウスなどで演奏活動を行う。2016年、尚美学園大学音楽表現学科ジャズコースに全額特待生として合格。これまでに池田篤氏、山田穣氏、三木俊雄氏、Antonio Hart氏に師事。
    Seiko Summer Jazz Camp 2018でMost Improved Student Awardを受賞。小曽根真presents JFC All Star Big Bandのメンバーとして2017年、2018年と2年連続で《東京JAZZ》に出演。国際ロータリー財団地区奨学金、ならびに埼玉県の実施する「埼玉発世界行き」奨学金を得て、2021年9月にニューヨーク市立大学クイーンズカレッジ修士課程へ進学。

アルトサックスに出会った中学時代から、ジャズを目指した高校時代へ

2018年のSeiko Summer Jazz Camp(以下SSJC)に参加した及川陽菜は、意外にも音楽に関しては遅咲きだったプレイヤー。本人にとっての分身となる楽器との出会いから、高校生までについて、まずは振り返ってもらった。

「出身は埼玉県です。いわゆる音楽一家ではなく、普通の一般的な家庭で育ちました。幼い頃から子供に楽器を習わせることもなく、10歳くらいまでは特別に意識して音楽を聴いてはいませんでした。楽器の経験を言えば、小学生までは音楽の授業で木琴をやった程度。楽器のレッスンを受けた経験はありませんでした。
中学に進学し、友達に誘われて仮入部の期間に吹奏楽部に行った時のこと。サックスの体験教室で初めてアルトサックスを見て、すごくカッコいいと思い、一目惚れみたいな感じでこの楽器をやりたいと思って入部しました。その時までサックスという楽器を知らなくて、新入生の担当楽器は先輩が決めるルールでしたが、私の希望が通ってアルトを始めることができました。ですから初めての楽器は、12歳で手にしたアルトサックスということになります。誰かの演奏を聴いてアルトが好きになるのが普通なのでしょうけれど、私の場合は楽器のルックスから入りました(笑)。
私の中学は強豪校だったので、コンクールに出るための曲や、顧問の先生が選んだボサノヴァの曲やアルト・フィーチャーのバラードを演奏しました。中学時代は部活動以外の場面、例えば趣味や友人とのバンドでアルトを吹く機会はありませんでした。音楽の方向性が変わったのは高校に進学してからです。
ジャズに対する漠然とした興味はあって、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ『モーニン』が有名であることは知っていました。アルバムの2曲目の「アー・ユー・リアル」がすごく刺さって、こんな曲を今まで聴いたことがないと衝撃を受けました。高校受験にあたって、ジャズ研究会がある高校を探したら自宅の近くにあったので、そこを目指して受験し、ジャズ研に入部しました。実は私、当時は吹奏楽があまり好きではなかったので、その反動でジャズに行った感じですね。
高校生の部活動ということもあって、ジャズ研は部員の間に温度差がありました。私はもっとたくさんの人と演奏したかったし、うまくなりたかったので、学外に出るようになりました。最初は大学のジャズ研に遊びに行ったり、先輩におすすめのお店を教えてもらって、そこに足を運んで演奏させてほしいと直接頼んだり。プロのミュージシャンにお願いしてバンドを組んで出演するという話になっても、私の実力や集客力が伴っていなかったために、2回目の出演はなかった、という経験もあります。
高校生がライブハウスで演奏するのは珍しいけれど、そこで結果を出せない現実を知らされて、しばらくライブをしなかった時期もありました。でもその時にチヤホヤされなかったのは、自分にとって良かったと思っています。高校時代はとにかくたくさん練習していました。また池田篤(as)さんにマンツーマンで習ったことが、私の楽器の基礎を作ったと思っています」。

《東京JAZZ》出演やニューヨーク初旅行を経験した大学時代

及川は2016年、尚美学園大学音楽表現学科ジャズコースに全額特待生として合格。全額奨学金が必須条件だった自身の環境で、音楽大学への進学を実現させたのは、現在に繋がる道の、最初の大きな扉を開くこととなった。

「尚美では三木俊雄(ts)さんに指導していただきました。また、学外では山田穣(as)さんからは個人指導を受けていて、お二人とも私にとってのメンターです。2年生の時からアメリカへ行きたい気持ちが強くなって、利用できるものは全部利用しようと思い、英語の授業やスピーチコンテスト、音楽の催しなど、大学のイベントによく参加していました。
小曽根真さんが発案された大学生選抜のJFC All Star Big Bandの一員として、2017年と2018年の《東京JAZZ》に出演しました。限られたリハーサルの時間の中、小曽根さんに3日間指導していただきました。人を楽しませる前に、自分たちが楽しめ、とおっしゃった小曽根さんの言葉が印象的でした。《東京JAZZ》は大きいステージで、今までビッグ・バンドでの演奏の経験がまったくなかったのですが、大勢の観客の前で演奏する楽しさを初めて感じることができました。
2018年2月から3月には、3週間ニューヨークで過ごしました。成人式で着るための振袖のお金を旅費に充てたいと、親に頼んで行かせてもらいました。初めてのニューヨークでジャズを聴きたい気持ちが高まったからです。配信動画で観ていたミュージシャンが目の前で演奏している状況や、ジャムセッションに遊びに来たロイ・ハーグローヴ(tp)が隣の席に座ったりと、興奮の連続でした。ジャズをやるならニューヨークだとみんなが言っていた理由がその時によくわかり、ここで勉強したいと強く思ったのです」。

大学3年生で受講したSSJC 2018での、他では得難い収穫

第3回SSJCには総勢41名が受講。及川にとっては念願の参加となった。

「友人が参加していたのでSSJCのことは知っていました。でも開催時期に私のスケジュールが合わなくて、1、2年生の時は参加できませんでした。ずっと参加したかったので、3年生になってようやく夢が叶いました。尚美の同学年の受講者は私だけでした。その半年ほど前にニューヨークで過ごし、そこでアメリカへ行って勉強したいという目標ができました。
SSJCは現地の第一線で活躍している先生方ばかりなので、その空気をもう一度味わいたい気持ちや、本場のジャズのエッセンスを吸収したい、ニューヨークと近くなりたいという思いがあって参加したのです。
サックス講師のディエゴ・リヴェラさんからは、朝の練習で楽器を持った時に、最初に何をするべきかについて、『まず楽器とコネクトしなさい』と教わりました。これは初めて聞いた表現で、楽器と繋がることを最初にする意識が大切だと教わりました。ヨタム・シルバースタイン(g)さんと大林武司(p)さんのウェス・モンゴメリー・アンサンブルのクラスでは、音楽とはトレーニングにどれだけ愛情と時間を注げることができるかがプレイに反映してくるものであり、短期間で上達する秘密はないから、毎日の積み重ねと意識の持ち方でしか良くなっていかないと知りました。とても印象的な言葉だと受け止めました。
SSJC 2018では 優秀賞(Most Improved Student Award)をいただきました。その時の4日間はとにかく必死で、楽器が上達したいし、アメリカにも行きたいという気持ちがあり、おそらくそのような熱意が伝わって受賞に繋がったのだと思います。SSJCで学んだことをノートに書いて、それを今もよく読み返して自分の活動に生かしています。
SSJCに参加したことによって、技術よりも演奏する時の意識が変わったと思います。音楽を演奏することそのものがどういうことなのか、自分が伝えたいことをどのように音楽に反映させるのか、音楽を人といっしょに演奏する時に、どのような意識の高さで演奏すればいいのかについて、アンサンブルのレッスンで先生がしきりにおっしゃっていたことから、多くのものを学べました」。

及川は2020年8月に公開された動画「Pass the Jazz baton!」に参加。SSJCの卒業生である窪みさと(tp)、治田七海(tp)、布施音人(p)、高橋里沙(b)、中村海斗(ds)とセクステットを結成し、デューク・エリントン楽団の名曲「A列車で行こう」を演奏した。及川にとって初めてのリモート演奏は収録の難しさを感じたが、今後の活動にプラスとなることは間違いない。

【Pass the Jazz baton!】ジャズキャンプ卒業生によるリモート演奏 ♪Take the 'A' train ~この列車が明るい未来に続くよう願いを込めて~(別窓で開く)

ニューヨークの大学院への留学から半年間を過ごして

尚美学園大学を卒業した及川は、2021年9月に米ニューヨーク市立大学クイーンズカレッジ (Queens College of The City University of New York) 修士課程へ進学。企業が出資し、環境を良くする目的の国際ロータリー財団と、埼玉県が実施する「埼玉発世界行き」の、二つの奨学金を得てのものだった。

「日本にいる時からアントニオ・ハート(as)さんが好きで、この先生に習いたくてニューヨークにある大学を調べたら、クイーンズカレッジのジャズ学科長をされていることがわかりました。教育活動にとても熱心な方だと聞いていたので、クイーンズカレッジに進学することを決めました。受験に際してはディエゴさんから推薦状をいただき、現地在住で同大の卒業生でもある山中みき(p)さんにも相談させていただきました。
入学から半年が経った大学院生活は、プログラムが盛りだくさんです。英語で授業を受けるのが初めてで、結構追われていました。アントニオさんは、パフォーマンスの授業でしきりに『もっと自信を持って』、とか、『音楽を演奏する時に自分の歌を歌え』とか、『人生を音楽で表現しないと音楽をやっている意味がない』、といったことをおっしゃります。
ニューヨークはいいことが起こる反面、悪いことが立て続けに起きる極端な街ですが、仲間のミュージシャンとセッションした時に、良かったよと声を掛けられたり、至近距離でライブを観た時に感動して、まだこの街にいてジャズを頑張ろうと言う気持ちになれたりします。こちらにきて感動したライブをひとつ挙げるとすれば、ブルーノートNYの最前列で観たケニー・ギャレット(as)です。レジェンドの演奏を目の当たりにできた経験は、これからも自分の中で生きていくと思っています。
アメリカに来て感じたのはプレイスタイルの幅が広いことです。同じアルト奏者でも日本よりも全然スタイルの幅が広くて、今までに自分が聴いたことがないようなスタイルの方もいます。だからこそ自分らしさが何かが問われる部分だと思います。これはアントニオさんからも言われることで、チャーリー・パーカー(as)みたいなフレーズが吹けるのはわかったけれど、『では、あなたは誰なんだ?』と問われるのがニューヨークと日本の違いだと思います。ジャズの歴史と文化、土壌をもっと勉強し、知識や経験を深めて行かなければと思っています。
日本にいる時はソニー・スティット(as,ts)とパーカーに影響を受けたビバップが、自分の音楽性の基盤でした。ニューヨークに来てからはジョニー・ホッジス(as)という、ビバップ以前の偉人を知って音源を聴いたり採譜したりしています。音色や歌い方が唯一無二なので、もっと聴き込んで自分のものにしたいです。デューク・エリントン(p,ldr)も勉強中です」。

SSJC参加と留学生活を踏まえて伝えたい受講生へのメッセージ

「SSJCは限られた4日間の間に、貪欲に吸収してやるぞという気概があって、その時の感覚は今も活きていると感じています。なので、ニューヨークに来てからSSJCがずっと続いているような感覚がありました。情報量も多いし、色々なことを教えてもらえるし。そういう時に自分がSSJCを受講していたことを思い出して、全部吸収するぞ、という気持ちになれます。
クイーンズカレッジは2023年5月の卒業予定で、その後の活動は未定です。ニューヨークは常に循環している特殊な街で、ここにいる人間に対して常に変化することを強要する街だと思っています。動き続ける街だからこそ、たまに調子を崩すことがありますが、まだ半年なので1年間住んでみてどのように感じるかを確認したいです。卒業後は1年間滞在できるので、その権利を使って進路を判断したいと思っています。
SSJCの参加者は自分を向上させたいという意識を持つ方がほとんどだと思います。音楽をやる上で何が大事なのかとか、意識が180度変わる経験ができる場所だと思います。ジャズはアメリカで生まれたアートフォームなので、本場の講師から直接指導を受けられる経験は本当に貴重なものです。今後音楽を続ける上で、いい血肉になることは間違いないので、ぜひ受けていただければと思います。海外留学に関しても、お金や英語力は高い壁となりますが、手段はあるので、諦めないでチャレンジしてほしいと思います」。

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